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~選手名鑑~ トニ・ブランコ

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42 トニ・ブランコ  内野手
09年来日 30歳

・夢とロマンの詰まった高級遊具
・メジャーでは2005年に56試合に出場しただけである
・その後は2Aなどで無双していたが、08年冬にドミニカ視察に訪れていたmorisigeの目にとまりお持ち帰りされる
・この時、morisigeは長峰の意見を参考にしたとかしなかったとか・・・
・前年限りでウッズが退団し一塁手補強が急務だった中日だが、地雷臭漂う名前などから期待を寄せるものはほとんどおらず
・しかしオープン戦でホームランを量産し、「もしかしたら」と期待を抱かせた
・開幕4番に抜擢され、初打席でいきなりホームランという衝撃デビューを果たす
・5月7日、広島戦においてナゴヤドーム天井のスピーカーにボールを直撃させ、ナゴド史上初の認定本塁打を記録した
・さらに翌巨人戦ではブルガリアの看板のその上を行く超特大弾を放つ。ここから打撃覚醒
・交流戦では日本生命賞を獲得
・終盤はやや調子を落としたものの、39本塁打110打点で来日一年目から二冠王を達成した
・10年は他球団の徹底マークに遭い、来日初の4番降格や二軍落ちを経験
・それでもなんとか32本塁打をマーク。存在感をアピールした
・驚異的なパワーの持ち主。片手一本でスタンドまで運ぶ力を持っている
・反面、確実性に欠け、追い込まれてから外の変化球を投げられると大抵三振する。二年目は弱点が特に顕著だった
・二年連続で三振王になってしまった
・守備は、本当に置物だったウッズに比べるとかなりマシである。しかし決して上手ではない。また、下手に動きまわるため余計なエラーをすることも
・足も決して速くないが、内野ゴロでも全力疾走したり、ホームまで一気に爆走したりと一生懸命である
・総じて野球に対して取り組む姿勢が真面目であるため、好感を抱くファンも多い
・敬虔なクリスチャンで、試合で活躍できるのは全て神様のおかげらしい
・立浪の引退試合でライトを守った。できれば二度と守らないでほしい
・アメリカではショートを守っていたらしい。投手を殺す気なんだろうか
・ホームランを打った後ぴょこんと跳ね、バットを投げ捨てる。かっこいい
・好物は焼肉。食べ過ぎ注意
・二年目は不本意なシーズンとなってしまった。09年の輝きを再び取り戻し、また夢とロマンを見せて下さい!
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~選手名鑑~ 浅尾 拓也

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41 浅尾 拓也  投手
06年大社ドラフト3位 26歳

・浅尾きゅん
・ドラの最強中継ぎエースである
・大学入学時は無名だったが、学年が上がるごとに存在感を増していく
・ドラフトでは、早くから自分に興味を示してくれた中日以外に指名された場合は社会人野球に進むと明言していた
・無事、中日に指名されると感極まり泣いてしまった。ドラゴンズブルーを感じる
・一年目から中継ぎ、先発に起用され、4勝を挙げた
・08年は開幕こそ出遅れたが、やがて一軍に昇格すると、崩壊する中継ぎ陣の中で気を吐き44試合に登板。防御率1.79の好成績をマークした
・09年は開幕投手に抜擢され。見事勝利投手となる
・その後は先発での起用が続いたが、不調とチーム事情で再び中継ぎに
・7月には月間ホールドポイントの日本記録を更新し、月間MVPに選ばれる
・結局この年は67試合に登板し、33ホールドを挙げた
・10年は開幕から中継ぎ一本に絞る
・絶対的セットアッパーとしてチームを支え続け、21試合連続ホールドポイント、47ホールド、59ホールドポイントの日本新記録を打ち立てた
・超絶イケメンである。球団を超えた女性ファン多数
・華奢な顔つきとは裏腹に、MAX157kmのストレート、さらに140km台のえげつないフォークの使い手
・さらにフィールディングにも定評があり、バント処理、ピッチャー返しの打球を難なく処理する
・イケメン
・特技は危険球退場。桑田(元巨人)の持つ日本記録を一年で達成した
・10年は72試合に登板。実に出現率50%である
・イケメンのため、女性ファンの心理を考慮し球団から結婚禁止令を出される
・しかし09年オフ、高校時代の彼女と昼ドラの様な展開を経て入籍。浅尾ファン悶死
・顔とは裏腹に意外と野太い声をしている。これがギャップ萌えというやつか
・朝倉を兄貴分のように慕っている
・岩瀬につなぐ役割だが、時には岩瀬の代わりに9回途中まで投げることも。通称介護
・ポストシーズンにめっぽう弱い。09年、10年と連続でチームに引導を渡した
・将来は守護神になるかもしれない。疲労が心配だが、若きイケメン右腕なら来季もチームを優勝に導いてくれるだろう

~選手名鑑~ 平田 良介

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40 平田 良介  外野手
05年高校生ドラフト1位 22歳

・通称平田りん
・将来の大砲候補
・高校通算70本塁打、甲子園ではあの清原(元オリックス)以来の1試合3本塁打を達成し、注目を集めた
・後に右肩を故障し、怪我持ちのまま入団
・ルーキーイヤーはリハビリの年にするはずだったが、驚異的な回復力で8月には一軍デビューを果たした
・07年、シーズン終盤に一軍に抜擢されると、日本シリーズではスタメンでも起用される
・第五戦ではダルビッシュから唯一の、そして決勝の犠飛を放ち、チームを日本一に導いた
・08年は一軍と二軍をいったり来たりだったが、9月7日の横浜戦において、代打でサヨナラホームランを放つ。ちなみにプロ初本塁打であった
・さらなる飛躍が期待された09年は打率、本塁打共に自己記録を更新するも、出場試合は減少
・10年は故障もあり、大半を二軍で過ごした。同オフ、入団以来背負ってきた背番号8をはく奪された
・長距離砲・・・のはずだったが、プロ入りしてからは徐々に中距離打者になってきている
・打撃に目が行きがちだが、守備もなかなかである。俊足とまでは言えないがそこそこの足も持っている
・打撃フォームが見るたびに変わっている。かつては大きく振りかぶるような美しい神主打法の持ち主だった
・天性のスペ体質である。大抵秋キャンプ、春キャンプで離脱する
・高校時代は、大阪桐蔭の辻内(現巨人)、履正社の岡田(現オリックス)、近大附属の鶴(現阪神)と共に「浪速四天王」と呼ばれ名を馳せた
・趣味はマンガ収集。実家には900冊以上のマンガがあるらしい
・好物は焼きそば
・いぇーい
・基本的にアホの子である。ヒロインではチェンよりも不自由な日本語を披露することも
・ドラフト時はスカウトの意向を押し切って落合監督が強硬指名した。そのためか他の外野手よりも出場機会が多い
・年々小物になっていってる気がしないでもない
・10年、シーズン途中に結婚を発表。オフには長男が誕生した
・二軍よりも一軍のほうがいい成績を残せるらしい
・激化する外野手争いに切り込んでいけるか。高校時代のロマンをもう一度見せてくれ!

~選手名鑑~ 三瀬 幸司

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39 三瀬 幸司  投手
03年ドラフト7位(ダイエー)→10年 中日(トレード) 34歳

・通称三瀬リ、三瀬店長
・前者は巨人の伝説の助っ人、ダン・ミセリより、後者は店(みせ)より
・28歳で遅いプロ入り
・下位指名ながら、一年目から守護神として55試合に登板。最多セーブと新人王のタイトルを獲得した
・さらなる飛躍が期待された2005年だったが、交流戦で阪神・金本に頭部死球を与えてしまうと以降別人のようになってしまう
・年々登板数、投球内容ともに悪くなっていき、09年にはわずか17試合の登板に終わった
・10年シーズン途中、清水将海との交換トレードで中日に移籍
・移籍してすぐに登板の機会が与えられたが、かつての栄光を取り戻すことはできなかった
・史上最年長新人王である
・金本に頭部死球を与えて以降、毎年交流戦前の選手コメントはひたすら金本に謝り続けるものであった
・左のワンポイントとしての登板が多い。ワンポイントで四球を与えることもしばしば
・ガラスハートの持ち主で、打ちこまれると止まらない
・野球chには「三瀬の人」なる人が存在している。三瀬のせいでホークスが負けた試合に登場し、言いたいことを言い散らかしていた。ちなみに悪い人ではない
・中日移籍後も散々だったが、なぜか日本シリーズで登板機会が与えられた。なお、結果は
・将海で釣れた選手だから過度の期待を寄せるのは間違いなのか・・・?
・来季の復活を生温かく見守るとしよう

~選手名鑑~ 前田 章宏

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38 前田 章宏  捕手
01年ドラフト1位 27歳

・maeda
・寺原隼人(現オリックス)の抽選を外した中日が外れ一位で指名
・一応ドラ一なのだがどれだけ覚えている人がいるのだろうか・・・
・同年オフに横浜よりtanisigeが加入。プロ入り一年目から高すぎるハードルに阻まれる
・その後は一軍の捕手が壊滅した時に、非常食として呼び出されることが多い
・09年、クビが寒くなってきたプロ入り8年目にしてようやく初安打。長かった、長すぎた
・10年も非常食だったが、8月14日の広島戦、代打で出場し、二塁打を放つ
・この二塁打が決勝点に繋がり、初めてのお立ち台を経験した
・初安打まで8年がかかったが、初打点は4年目に記録している(押し出し四球)
・毎年の様にキャンプで今年期待の選手として名前が挙がる。なお、シーズンが始まってからは
・実家がナゴヤ球場にものすごく近い。生粋のドラファンである
・じゃあもっと活躍してくれよ
・背番号は入団時は55番。その後00番を経て11年からは38番となった。捕手らしい番号である
・ポストtanisigeと期待され続け来季はもう10年目。もうポスト前田世代が出てきてもおかしくない年齢である
・ODAや小山と乗り越えなきゃいけないものはたくさんあるが、来季こそは、来季こそは・・・!

~選手名鑑~ 岩崎 恭平

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37 岩崎 恭平  内野手
08年ドラフト3位 24歳

・通称プリ崎。大学時代のあだ名、「プリンス」より
・大学時代より、走攻守三拍子そろったプレイヤーとして高い評価を得ていた
・ルーキーイヤーの09年の6月、濃霧の楽天戦で初出場。四球を選んだ
・その後スタメン抜擢された試合の相手はやはりダルビッシュ。嫌がらせか
・四球を選ぶなど奮闘するも、牽制死するお茶目な一面も
・2010年は井端の故障離脱でスタメン獲得が期待されたが、残念ながら結果を残すことはできなかった
・同年のFASにおいて、本塁打を放ちMVPを獲得
・この賞を受賞した選手はその後大成することが多い。大いに期待しよう
・また、この年のウエスタン盗塁王にも輝いている
・左打ちである。他の内野手との差別化を図りたい
・貴重なイケメン(≠井上)成分。是非主力になっていただきたい
・年々進化している・・・様な気がする。今年こそは初安打だ!

~選手名鑑~ 谷 哲也

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36 谷 哲也  内野手
07年大社ドラフト3位 25歳

・通称誰谷
・ドラゴンズ(二軍)不動のレギュラーである
・ルーキーイヤーから(二軍で)打率3割をマーク。将来有望である
・二年目は開幕一軍入りを果たすも、わずか4試合の出場に終わる
・この年は一軍に長い間帯同しながらも出場機会がまったく与えられなかった
・2010年はスタメンの機会が与えられた
・しかし相手はダルビッシュ。何もできずに終わった
・この年も出場試合数は3試合。なかなかチャンスが与えられない
・守備にやや安定感を欠く。誰崎との差はそこか
・走塁面では高い評価を得ている。あとは確実性のある打撃さえ身につけば・・・
・ドラフト指名は会社のパソコンをいじくっていたときに気がついたらしい
・ファームの主力から一軍定着へ。ライバルも増え、来季は勝負の四年目である

~選手名鑑~ 高島 祥平

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35 高島 祥平  投手
08年ドラフト4位 20歳

・名門帝京高校出身。コンゴンゴの後輩である
・ルーキーイヤーのオープン戦では、チームでは15年ぶりとなる高卒新人での登板を果たす
・しかし大炎上し、ルーキーイヤーは登板なし
・2年目に一軍デビュー
・しかしここでも大炎上。その後は登板機会を与えられなかった
・初登板での大炎上時は、落合監督自らマウンドに赴きアドバイスを与えた
・直球は150km超。可能性を感じさせる
・アンチ巨人である。理由は小さいころ好きなテレビ番組を野球中継でつぶされていたため
・小学生時代はアイスホッケーをしていた。ちなみに野球は嫌いだったらしい
・まだまだこれからの投手である。同年代の伊藤に負けずに頑張ってほしい

~選手名鑑~ 山本昌

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34 山本昌  投手
83年ドラフト5位 45歳

・通称マサ ラジコンおじさん
・本名は「山本昌広」で、山本昌というのは登録名
・中日の投げる伝説である
・今でこそ大投手だが、入団当初はまったく芽が出ず、プロ入りして数年後には整理対象選手に挙げられていたことも
・クビ同然で送り込まれたアメリカへの交換留学で代名詞とも言えるスクリューを取得。ここから昌の輝かしい野球人生が始まった
・帰国すると、優勝争いを演じるチームのローテの一角に加わり、5勝0敗防御率0.55の素晴らしい成績で優勝に貢献した
・90年には初の10勝をマーク
・93年には最多勝と最優秀防御率のタイトルを獲得
・94年には最多勝と沢村賞を獲得
・97年には再び最多勝、最多奪三振のタイトルを獲得した
・06年9月16日、阪神戦で史上最年長となるノーヒットノーランを達成。優勝争いで最後まで追いすがる阪神に大ダメージを与えた
・08年、とうとう通算200勝を達成。しかも記念すべき試合を最年長完投勝利で飾った
・10年、前年の不甲斐なさと、相次ぐ故障でそろそろかな・・・と思っていた8月に一軍昇格すると、そこから破竹の5連勝
・9月4日には史上最年長完封勝利を記録した
・プレースタイルは130km台後半の直球とスクリューボール
・直球は年齢を重ねるごとに速くなっている。近年は140kmを超えることもしばしば
・球速はあまり速くないが、本人いわく速球派。確かに投球の割合もストレートが多い
・今では投げればなんかしらの記録を達成する
・本職はラジコン。副職はクワガタ繁殖。野球はあくまでも趣味である
・ラジコンの腕前はは日本4位になったこともあり、完全に本職の方である
・その他にもゲームや漫画など多彩な趣味を持っている
・これだけ長い間現役を続けているにも関わらず、一度も日本シリーズで白星を挙げたことがない
・2010年もやはりダメでした。達成できるのはいつの日のことか
・近年は隔年投手となっており、来季が心配される
・発言も徐々に引退を匂わせるようなものが増えてきている。しかしダメだったら、と言ったときに限りダメではないのでちっとも引退できない
・打撃では通算100安打を超えている。犠打もうまい
・背番号は入団時からずっと34番。この同一の背番号をつけた期間も日本記録らしい。もはや何が何だか
・永遠の若手である
・球団貢献度はもはや言葉では表しつくせない。この若手の伝説はいつまで続くのだろうか。非常に楽しみである

~選手名鑑~ 平井 正史

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33 平井 正史  投手
93年ドラフト1位(オリックス)→03年中日(トレード) 35歳

・飛来 ヒライダー
・中日強力中継ぎ投手陣の一角である
・オリックス時代の高卒2年目に15勝5敗27セーブという変態的な成績を残し新人王に輝く
・しかし、この年の酷使が祟ったのか、翌年から徐々に登板数が減少
・99年から02年まではまともに登板ことすらできなかった
・02年オフに山崎武司とのトレードで中日にトレード
・移籍一年目の03年に大復活。先発、中継ぎに大車輪で働き12勝を挙げカムバック賞を受賞した
・翌年以降は中継ぎに専念。06年には57試合に登板し2.29の好成績を残し、リーグ優勝に貢献した
・09年は劣化が否めず25試合の登板に終わった
・背水の陣で臨んだ10年は46試合に登板し2.20と再び復活。チームのリーグ優勝に貢献した
・全盛期のストレートは150kmを超えていた。現在でも調子のいい時は148kmくらい出る
・重度の一発病患者。油断してるとすぐ被弾する
・「ドカベン・プロ野球編」でグランドで殿馬の弾いた栄冠は君に輝くに奮起し160kmをマークしたことがある
・かつては勝利の方程式の一角だったが、近年はビハインドや敗戦処理といった立ち回りが多い
・優秀な銭闘員である
・眉毛が太い
・役割柄、浅尾や高橋に比べてやはり地味である。去年はもっと評価されていい
・2010年とうとう500試合登板を達成。しかし史上86人目らしい
・ブルペンでは岩瀬の貴重な話し相手らしい
・長い間不調だったがようやく復活の兆しが見えた。年齢的にもベテランとして若手を引っ張っていってもらいたいものです

~選手名鑑~ 水田 圭介

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32 水田 圭介
00年ドラフト7位(西武)→09年阪神(トレード)→11年中日(トレード) 30歳

・クリスマスに阪神からやってきた
・高校時代は通算55本塁打のスラッガーとして鳴らしたが、プロではわずか1本
・その1本もランニングホームランである
・09年シーズン途中に藤田太陽との交換トレードで阪神に移籍
・トレード発表後の試合では渡辺監督の粋な計らいにより代走で出場。しかしライナーで飛び出し封殺された
・阪神移籍後の10年は一軍出場なし。何で獲ったんだろう
・そして10年のクリスマス、新井良太との交換トレードで中日に移籍
・実兄のいる阪神に移籍した良太と違って、水田がメディアに取り上げ方られることはほとんどなかった
・ある記事では見出しに中日移籍内野手と書かれていた。せめて名前で書いてやれよ!
・内野は一塁以外どこでも守れるらしい
・俊足らしいが通算盗塁数は4つ
・打撃が絶望的で、通算打率は.097である
・量産型奈良原が増えたよ!やったねたえちゃん!
・貴重なイケメン(≠井上)である
・西武時代の同僚だった和田さんに「ドラゴンズの練習は厳しいぞ」と脅された。その通りです
・守備固めでなら活路を見いだせるかもしれない。ドラに来た以上は応援することにしよう

~選手名鑑~ 中川 裕貴

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31 中川 裕貴  外野手
03年ドラフト1位 25歳

・通称ナカガー
・暗黒の03年ドラフトの先陣を切って入団した選手である
・高校時代から高いポテンシャルの持ち主として期待されていたが、ガラス細工のような体質により故障を連発
・長い間いない人扱いされていたが09年、三年ぶりに一軍昇格を果たすと、遂にプロ初ヒットを放った
・10年は初スタメンの試合でプロ初本塁打を放ち、お立ち台にも上がった
・守備、打撃、走塁面において高いレベルの持ち主であるが、スペ体質によりそのポテンシャルを発揮できるまでには至っていない
・08年、森岡が解雇された際にmixiなどから森岡の代わりに中川を解雇しろとの声が多数上がった。カワイソス
・20歳の時に高校の後輩と結婚している。子供もいる
・一時期はドラの最低年俸選手となったことも。本当に崖っぷちまで追い込まれていた
・09年オフに背番号変更。32から31となった
・元は内野手(遊撃手)だったが09年に外野にコンバート。二軍が野戦病院と化した場合は内野を守ることもある
・どうも影が薄い
・ようやく飛躍のきっかけをつかんだが、依然として立場は厳しい。来季は代走要員でもいいから一軍に定着せねば

~選手名鑑~ 森野 将彦

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30 森野 将彦  内野手
96年ドラフト2位 32歳

・モレノ
・ドラの主軸を担う選手会長
・97年、高卒ルーキーながらプロ初スタメンの試合でホームランを放つ
・その後はレギュラーをあと一歩獲得できない年が続く
・2006年、衰えの隠せない立浪に代わり遂に三塁のレギュラーの座を獲得。初の規定打席到達
・2007年はノリさんの加入に伴いレフトに回される。打順も3番や5番とクリーンアップを任されるように
・そして2008年は和田さんの加入でセンターへ。しかし体が急激な運動についていけなかったのか6月に肉離れ発症
・驚異的な回復力で、1か月後には復帰し、北京五輪代表にも選ばれた
・2008年の1番センター森野は迷走期の中日の象徴であった
・2009年はサードに専念。シーズン終盤までブランコと打点王争いを繰り広げた
・2010年は選手会長に就任。キャリアハイの.327を残しチームの優勝に貢献。初のベストナインにも選ばれた
・球団マスコットのドアラに顔が似ている。生き別れの兄弟説も
・打撃をスタメンで生かすため、ポジションをたらいまわしにされた結果、投手と捕手以外全てのポジションが守れるようになってしまった
・実際2007年は投手と捕手以外全てのポジションを守っている
・そのユーティリティーぶりから、非常食的ポジションとして北京五輪代表に選ばれた。しかしなぜか3番DHといった意味不明な起用法をされ、めでたく戦犯の一人となる
・失策が多すぎる。捕球はそこそこだが送球が酷い。2009年には25失策で最多失策を記録した
・背番号もたらいまわしにされている。7→8→16→8→31→30 次は何だろう
・幼馴染と結婚するというエロゲ人生を歩んでいる
・2007年にはオールスターで初打席初本塁打を放つ。2010年も活躍し、オールスターには強いらしい
・打球が槍のように飛んでいく。近年では飛距離も伸び、そのままスタンドに突き刺さることも
・2010年はあと二塁打が出ればサイクル達成!という試合で見事ヒットを放った。球場が微妙な空気に包まれた
・鈍足である。一塁から一気にホームに帰る時はハラハラする
・昌さんがノーノーを達成した試合でエラーしている
・選手会長としては、目安箱を設置したり、試合後にファンに一礼のサービスを取り入れたりするなど積極的なファンサービスを実践している
・ついに2億円プレイヤーとなってしまった
・ドラの顔から球界の顔へ。森野の進化は止まらない

~選手名鑑~ 山井 大介

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29 山井 大介
01年ドラフト6位 32歳

・病
・ドラのローテの一角を担う
・所属していた河合楽器の野球部が廃部となってしまったため、特例でドラフト対象選手となった
・ルーキーイヤーから31試合に登板。中継ぎ先発両方こなし、6勝を挙げた
・2004年はシーズンわずか2勝ながら日本シリーズで先発。勝利を挙げている
・2007年の日本シリーズでは、8回まで完全試合を達成。岩瀬にリリーフされ大記録は継投での達成となったが、一躍時の人となった
・その後はスペったりしてなかなか結果を残せなかったが、2010年は復活を果たし、自己最多の7勝を挙げた
・トレードマークはグラサン。乱視矯正のためにかけているらしい。その姿はウルトラセブンそっくりである
・スライダーのキレが凄まじい。調子がいい時は相手を寄せ付けない
・直球は中継ぎだと150kmを超越する。先発だと140km前半程度
・ジャンケンに勝って先発した試合で完封した。ちなみにジャンケンの相手は長峰だった
・2007年の日本シリーズの件においてはいまだに賛否両論である。交代の理由はマメをつぶしたかららしいが定かではない
・天性のスペ体質である。年間通じて活躍できる年が少ない
・2010年は8月の巨人戦で8回までノーヒットノーラン。日本シリーズの再現かと思われたが坂本にホームランを打たれ大記録達成はならなかった
・2010年の日本シリーズではボコボコに打ちこまれた
・5試合連続完封勝利の先陣を切ったのは他でもない山井
・ヤクルト田中浩康と瓜二つである。生き別れの双子の兄弟説も
・2009年には長峰と共にウエスタン最多勝を獲得した。おまえら一軍でやれ
・小学生の幼馴染と偶然再会し、そのまま結婚したというエロゲ人生を歩んでいる。くっそ山井くっそ
・スペ体質さえなんとかすればもっと活躍できる選手である。もっと丈夫になって来季こそは10勝を

~選手名鑑~ 岩田 慎司

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28 岩田 慎司  投手
08年ドラフト5位 23歳

・明治大学出身。ら様、大エース様、そしてワシの後輩である
・大学時代はエース兼主砲としてチームに貢献した。大エース様魂を感じる
・即戦力として期待されていたがルーキーイヤーは登板なし。まあそんなもんだ
・2010年に中継ぎとしてプロ初登板を果たす
・7月19日の横浜戦でプロ初先発。何と7回途中までノーノーを継続させ、プロ初勝利。チームの連続完封勝利記録を更新させた
・9月にも優勝争いのかかった横浜戦で先発。勝ち星はつかなかったが、無失点と役割を果たし、チームの優勝を手繰り寄せた
・スライダーがパワプロの様に曲がる
・一方直球の威力には欠ける点がある。これからの課題だろう
・投手としては珍しい右投左打である。主砲属性を感じる
・2010年シーズン途中にはドミニカに派遣される。更なるレベルアップが期待される
・登板数は少なかったが、昨季はチームに大きく貢献した岩田。来季は一軍定着できるか

~選手名鑑~ 谷繁 元信

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27 谷繁 元信  捕手
88年ドラフト1位(横浜)→02年中日(FA) 40歳

・tanisige
・ドラゴンズ強力投手陣をまとめる不動の正捕手
・横浜時代はルーキーイヤーから一軍で出場し、98年には攻守の要として日本一に大きく貢献した
・2001年オフFA宣言。当初はメジャー移籍を目指していたが、交渉がまとまらず最初に声をかけていた中日に移籍
・2002年には打率.215ながら24本塁打を放っている
・2006年にはWBC日本代表として日本の世界一に貢献した
・近年は高齢のため怪我をしたり、疲れから先発出場を外れることもあるが、40歳にしてなお中日の正捕手として活躍している
・中日屈指の顔芸職人。笑顔がとても素敵である
・特技はdoukatu。morisigeと二人で不甲斐ない若手投手をビシビシdoukatuしている
・基本的にアホの子だが、リード技術は球界屈指。tanisigeを尊敬する野球関係者は多い
・得意技は股間タッチ。相手チームの選手だろうと容赦はしない
・2001年の盗塁阻止率は驚異の.543。通算で5回最高阻止率をマークしている
・打撃タイトルは獲得したことがないが、プロ一年目から活躍しているため、通算記録は輝かしい
・2010年には捕手として2人目、史上8人目の2500試合出場を達成。間違いなく球史に残る捕手となった
・そのほかにも通算1500三振、200本塁打、100死球などさまざまな記録を達成している
・ファンにめったにサインをしてくれない。そのためtanisigeのサインを持っている人は大切にしておこう
・移籍時、中日には正捕手として中村武志(現コーチ)がいたが、tanisigeの加入によって出場機会が減ると考えた中村は、トレードを志願。横浜に移籍し結果的に正捕手同士のトレードという珍しい形となった
・ポストシーズンで無双する。2004年の日本シリーズでは満塁ホームランを放った
・石井裕也(現日ハム)は難聴のため、それまで野球に関して叱責されたことがなかったらしい。ところがtanisigeはそんなことお構いなしに石井を叱責。石井はこの出来事を野球人生で最も印象深い出来事だったと語っている
・打たれた後のガッカリの仕方が半端ではない。「はぁ~」という声が画面を通じて伝わってきそうである
・打率は毎年.240前後で安定している。中日移籍後には3度の.234を達成している
・現在通算安打数は1810本。2000本安打達成はできるのだろうか
・バントの技術はチームトップレベル。バントが下手くそ揃いの若手は見習ってほしい
・5年くらい前からそろそろ後釜が出てこないとヤバいと言われ続けているが、いまだに出てこない。いや、もうマジでヤバい
・本人はよぼよぼになるまで現役を続けると宣言。じゃあまだ引退するのは早いよな!
・その笑顔と野球技術でもっともっと中日ファンを幸せにしてください。これもまたtanisige

~選手名鑑~ 山内 壮馬

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26 山内 壮馬  投手
07年大社ドラフト1位 25歳

・通称まう チャラ内
・チャラ内の由来はサンデードラゴンズ内での小倉優子の発言より
・長谷部康平(現楽天)のクジを外した中日が、外れ一位として指名
・ちなみに長谷部は高校時代の同級生である
・子供のころからのドラファンで、中日から指名を受けた時は嬉しくて泣いてしまった。ドラゴンズブルーを感じる
・そしてアンチ巨人である。ドラゴンズブルーを感じる
・ル-キーイヤーから登板の機会を与えられる。プロ入り初先発となった横浜戦では、ボコボコにされ、試合終了を待たずに名古屋へ強制送還されてしまった
・2年目のシーズンは1試合登板で防御率13.50。ドラ一とは何だったのか
・3年目の2010年はようやく才能が開花。4月25日の阪神戦で待望のプロ初勝利を挙げ、前半戦のローテの一角としてチームを支えた
・チャラ内のあだ名の通りなんか見た目がチャラチャラしている
・決め球はスライダー。2010年は制球力がアップし、飛躍のきっかけとなった
・苦手なものは心霊現象。一人でトイレに行けなくなることも
・プロ初安打はワンバウンドした球に止めたバットが当たってのタイムリーとなる。イチロー顔負け
・2010年は好投するも援護に恵まれずという試合が続いた。故障もあり、後半戦はほとんど活躍できなかった
・ようやくドラ一の才能を垣間見ることができた。来年は年間通して一軍だ!

~選手名鑑~ 武藤 祐太

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25 武藤 祐太  投手
10年ドラフト3位 21歳

・Honda出身
・前年、入団拒否した諏訪部と同じHonda出身選手のため、彼もゴタゴタするのではないかと思われたが、何もなかった
・それどころかドラゴンズ入団を喜んでいるご様子。ドラゴンズブルーを感じる
・凄く恵まれた下半身の持ち主である。下半身武藤との別名も
・Honda時代は練習場から合宿所までの9kmの距離を走って帰っていたらしい。その結果があの下半身である
・背番号は新井のものを奪い取った形となった。そして良太はトレードされた
・即戦力との呼び声も高い。1年目からの活躍を期待したい

~選手名鑑~ 英智

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24 英智  外野手
98年ドラフト4位 34歳

・通称クララ
・本名藤本(旧姓蔵本)英智
・48個のベースボールスタイルを持つ男
・プロ入りしてから数年は、守備固めや代走での出場が続く
・2004年、落合監督の守り勝つ野球の象徴選手として107試合に出場。準レギュラーながらGG賞を獲得
・その後も毎年守備固め、代走、時々スタメン要因として陰でドラゴンズを支えている
・守備力と走塁技術は日本球界でもトップレベル
・特にその肩力はナゴドのホームベースからセンターフェンスに直撃するほどである
・一方で打撃は残念である。しかしうっかり試合を決める一打を放ったりすることもあるので油断できない
・非力だが、毎年1本程度ホームランを打つ
・絵心がある。画伯揃いのドラゴンズでは稀有な存在
・ファッションセンスがモデル並
・ヒロインが面白い。不思議系キャラである
・その強肩から、投手転向プランが出たことも。実際球速は150km出るらしい
・体力がないためシーズン通して活躍することは無理らしい
・婿養子で、娘に「パパは何で野球をやる時名字が違うの?」と突っ込まれ登録名変更
・いつか出場機会を求めてFAしたり、トレードされたりするのではないかとビクビクしている
・地味だが、やはりドラゴンズには欠かせない存在。陰でドラゴンズを支えてください

~選手名鑑~ 鈴木 義広

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23 鈴木 義広  投手
04年ドラフト5位 28歳

・通称クネ様。くねくねしてるから
・中日強力中継ぎ陣の一角である
・ルーキーイヤーから47試合に登板。ロングリリーフもこなした
・06年はさらに安定感を増し、46試合登板で防御率は1.70とチームのリーグ優勝に大きく貢献
・08年、順調な滑り出しを見せていたかに見えたが、4月に故障。そのままシーズンを棒に振る
・怪我は予想以上に長引き、結局一軍復帰を果たしたのは09年の終盤であった
・09年はファーム選手権MVPにも輝いた
・10年は復活。ビハインドでの登板が多かったが、41試合に登板しリーグ優勝に貢献した
・あだ名の通り投球フォームがすごくくねくねしている
・くねくねしたフォームから繰り出される直球は最速150km。サイドスローとは思えない球威である
・手首が異常に柔らかく、90度以上曲がるらしい
・登板数の割にホールド数が少ない。そのため成績の割に影が薄い
・故障離脱時は中継ぎ投手陣が総俺達化していた時期もあった。「鈴木さえ・・・鈴木さえ戻ってくれば・・・」と嘆いたファンも多かったはず
・地味だがチームへの貢献度は高い。来季も地味に頑張ってください

~選手名鑑~ 大野 雄大

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22 大野 雄大  投手
10年ドラフト1位 22歳

・今季のドラフト1位
・佛教大ではエースとしてチームを支えた
・夏までは世代NO.1左腕との呼び声も高かった
・ドラフトを前に故障。沢村(現巨人)の特攻を回避した中日が一本釣りに成功した
・現在は故障も完治。即戦力として来季に期待したい
・元は阪神ファンだったらしい。猛虎魂を感じる
・故障持ちというのはやや不安だが、吉見も故障持ちだった。きっと将来のエースになってくれるだろう

~選手名鑑~ チェン ウェイン

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21 チェン ウェイン
04年入団 25歳

・ウェイイイイイイイイイン
・中日が誇る左のエース
・台湾出身である
・05年に来日初登板。セーブも挙げる
・06年骨折。07年はリハビリに専念するため育成選手に降格した
・08年、再び支配下選手に昇格すると、4月2日に緊急降板した昌さんの後を受け継ぎ好投、初勝利を挙げる
・その後は中継ぎとしての登板が多かったが、39試合に登板し、苦しい台所事情を支え続けた
・同年には北京五輪代表にも選ばれている
・09年は先発一本に絞る。驚異の防御率1.54で最優秀防御率のタイトルを獲得した
・しかし味方の援護に恵まれず、わずか8勝に終わった
・10年は開幕直後こそ不調だったが、徐々に本来の投球を取り戻し、13勝を挙げ、チームの優勝に大きく貢献した
・MAX154kmの直球は、たとえど真ん中にこようともそうそう打てるものではない
・中日入団に際して元中日の大豊氏にお世話になったらしい。大豊氏には今でも感謝しているとか
・台湾人であるが、日本語が非常に上手である。通訳がいなかったので必死になって日本語を勉強したとか
・ヒロインも日本語で受け答えする
・しかし09年に台湾人女性と結婚してからは、徐々に日本語が退化している
・打席では基本的にまったくやる気がない。しかし油断していると突然打ってきたりする
・俊足のため内野安打が多い
・バントがすこぶるへたくそである。フィールディングもあまり上手とは言えず、投球以外の野球センスはイマイチである
・現在の背番号21は、現球団職員の樋口さんが背負っていたものである。入団時は樋口さんに大変お世話になったらしい
・その圧倒的な投球力から、メジャーからも熱視線を浴びている。本人もまんざらではないらしい
・10年オフは、契約面で揉めに揉める。メジャー行く気満々でござる。十中八九、来季限りで退団し、海を渡るだろう
・来季は中日での最後のシーズンとなりそう。しっかり目に焼き付けておこう

~選手名鑑~ 中田 賢一

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20 中田 賢一  投手
04年ドラフト2位 28歳

・通称賢ちゃん
・ドラゴンズが誇るノーコン王子
・北九州市立大という無名の公立大から入団した異色派
・ルーキーイヤーから開幕ローテに食い込みいきなり8勝を挙げる
・2007年にはチームトップの14勝。奪三振王のタイトルを惜しくも逃したものの、チームの日本一に貢献した
・しかし08年にはキャリアで初めて黒星>白星のシーズンに
・09年は初先発の試合で大炎上。7月に復帰してからはローテを支えたが悔しいシーズンとなった
・10年も開幕で出遅れるが、その後は復活。防御率2.90と抜群の安定感を誇り、チームの優勝に貢献した
・凄まじいまでのノーコンである
・投球スタイルは四球か三振か。実に男らしい
・基本的に劇場型。胃が持たない
・その投球スタイルから落合監督からは「暴れ馬」と名付けられた
・07年には最多与四球と最多暴投を、08年には最多与四球のタイトルを獲得している。暴れすぎや
・スタミナは無尽蔵。ノーコンのため必然的に球数が増えるがそのスタミナでカバーしている
・立ち上がりが悪い。6回7回くらいに100球を超え始めたあたりから肩があったまるらしい
・8回に153kmを計測したことも
・ナゴドでの相性が異常にいい。ドラゴンズブルーをビンビンに感じる
・2010年はスタイルチェンジ。従来の力でゴリ押すスタイルから変化球でもカウントを稼げる投球方法に変え、功を奏した
・ジャンパイアとの相性がなぜかいい
・ホモ受けする顔立ちらしい。もちろん本人はノンケである
・かつては中田の登板する試合でウッズがなぜか打ちまくっていた。一方まったく打たなくなるのが井端
・朝倉と仲がいい。よく股間タッチされている。アッー!
・2010年はいい感じだった。来季も活躍してくださアッー!い

~選手名鑑~ 吉見 一起

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19 吉見 一起  投手
05年希望枠 26歳

・通称よしみん
・ドラゴンズ右のエースである
・高校時代は甲子園で森岡擁する明徳義塾に敗れた
・故障持ちだったが、希望枠でドラゴンズに入団
・ルーキーイヤーは先発で1勝を挙げ、日本シリーズにも中継ぎで登板した
・08年に真価発揮。開幕ローテ入りを果たすと、2連続完封勝利。2度目の完封は11被安打だった
・開幕からの無失点記録は24.2まで伸びた
・その後中継ぎに配置転換。酷使無双による肩痛で一度は登録を抹消される。オールスターにも選ばれていたが辞退した
・故障が癒えると再び先発復帰。初の10勝をマークし、新人王候補にもなった
・09年にはローテの柱としてチームを支え続け、16勝をマークし最多勝に輝いた
・10年は開幕投手を務める。巨人から5勝挙げ優勝に貢献したが、日本シリーズでは戦犯となってしまった
・中日を代表する中日顔である。ちょっとカピバラに似ている
・150km超の直球と、精密機械のようなコントロールが生命線。変化球も多彩である
・09年の最多勝争いでは、シーズン終盤に中継ぎ投手として登板し、勝ち投手の権利を得るというちょっとズルイ手段を使った
・ニンニク注射をして疲労回復しているという大本営の記事が、ドーピング規定に抵触するのではないかとして大問題になったことがある。結局何もなかった
・2010年オフは契約更改において最初の提示額を怒りの保留。また優秀な銭闘員を育ててしまった
・2009年の防御率2.00は、正確には1.996である
・生き物にまったく触れないらしい。カピバラのくせに
・打撃は苦手らしい
・いまや中日を代表する選手となった。これからもチームのためにたくさん勝ってください

~選手名鑑~ 伊藤 準規

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18 伊藤 準規  投手
08年ドラフト2位 20歳

・さわやかイケメン
・次世代のエース候補である
・故障の影響で二軍で体づくりを行っていたルーキーイヤーだったが、驚異的な回復力で後半戦にはファームで投げられるようになっていた
・立浪の引退試合でプロ初登板。MAX149kmの直球で中日ファンを驚かせた
・ファーストゴロを処理した立浪から伊藤へのグラブトスは、新時代到来を感じさせた
・ファーム日本選手権にも先発し、好投。優勝に貢献した
・この年はCSにも登板。巨人打線を寄せ付けなかった
・シーズン終盤の怒涛の活躍により、オフ中に大本営より大プッシュ。ちょっとやりすぎな気がしなかったでもない
・10年は見事開幕ローテーション入り。2回目の先発で見事プロ初勝利を挙げる
・しかし3度目の先発でKO。以後二軍にぬか漬け状態
・クイックモーションがまったくダメだったので、ひたすらフォーム改造に取り組んだらしい
・中日屈指のイケメンである。そのため女性ファンも多い
・直球の最速は150km超。さらなる進化も期待できそうである
・将来のドラゴンズを背負って立つ存在になってもらいたい。暖かく見守ろう

~選手名鑑~ 川井 雄太

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17 川井 雄太  投手
04年ドラフト4位 30歳

・通称川井ちゃん
・本名は「進」
・安心と信頼の日本通運ブランドである
・ルーキーイヤーから登板機会が与えられるが、06年07年共に登板機会はなし
・クビが寒くなり始めた08年、ようやく初勝利。しかしこの年も勝利はこの1勝だけだった
・09年、登録名を「進」から「雄太」に変更すると大覚醒
・開幕から11連勝負けなしと大躍進。チームのローテの一角として大活躍した
・この年は監督推薦でオールスターにも出場。しかし大炎上した
・連勝中は、打ちこまれる日もあったが、味方が逆転し負けが消えるという謎の強運を発揮していた
・しかし連勝ストップ後は1勝もできずにシーズン終了
・さらなる飛躍が期待された2010年だったが、オープン戦で負傷し出遅れると、レベルの高い先発争いから脱落した形となり、わずか1勝に終わった
・直球は140kmそこそこだが、低めの変化球のコントロールが良く、内野ゴロを打たせるのが得意である
・眉毛ともみあげが濃い。ルパンのようである
・【`・д・'】 初回
・【´・д・`】 ピンチ
・【´;д;`】 KO
・主砲属性の持ち主である
・09年はただの確変であったのか? 11年は真価が問われる年となりそうである

~選手名鑑~ 小川 龍也

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16 小川 龍也  投手
09年 ドラフト2位 19歳

・名前からドラゴンズブルーをビンビン感じる
・父親が日本人、母親がフィリピン人のハーフである
・長身から投げ降ろされる140km台半ばの直球と、コントロールの良い変化球が武器
・1年目は故障の影響で二軍でもあまり登板がなかった
・将来の今中になるかもしれない。まずは体作りから

~選手名鑑~ 朝倉 健太

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14 朝倉 健太  投手
99年ドラフト1位 29歳

・あーさーくーらー
・次世代のエース候補だった
・99年に河内(現広島)のクジを外した中日が外れ1位で指名
・ルーキーイヤーから先発の機会を与えられるが、結果を出せず
・翌年はさらに先発の機会を与えられるが、1勝もできなかった
・3年目の2002年、才能が開花。11勝を挙げ、防御率は2.61と、ローテーションの一角に食い込んだ
・しかし翌年以降は不振が続く
・このままではまずいと思われていた2006年、復活。13勝を挙げ、チームの優勝に大きく貢献した
・2007年も二桁12勝をマーク。中田と共に次世代のエース候補として期待された
・しかし2008年は血行障害を発症し、3勝どまり。シーズン後半はボールすらろくに握れなかったとか
・2009年は血行障害を克服。なんとか10勝を達成
・2010年は再び不振のシーズン。来季の巻き返しが期待される
・幼いころは巨人ファンのアンチ中日だったらしい。ドラゴンズブルーを感じない
・嫌いな球場はナゴヤドーム。マウンドが固いらしい。ドラゴンズブルーを(ry
・一方で地方球場では抜群の安定感を誇る。通算勝利の5分の1が地方球場である
・びっくりするほど隔年投手である。来季は周期的に活躍する年
・よくチームメイトにちょっかいを出している。得意技は股間タッチ
・2007年にナゴド前で人身事故を起こしている。morisigeが対応に相手の元を訪れたが、その筋の方と間違えられたらしい
・汗の量が尋常ではない。ユニの色が変色しているほど
・打撃は苦手のようだが、ナゴドでホームランを打ったことがある
・かつては「すり足投法」と言われる足を大きく上げない投球フォームだった。その為今でもクイックは得意である
・見る者をイライラさせる投球をする。(味方が必死こいて1点を取った直後に2失点するなど)
・本人いわくエースにはなりたくないらしい
・ブルペンでは兄貴分として後輩たちを引っ張っているらしい
・チームの中心となるポテンシャルは持っているはずである。だから頼むよ

~選手名鑑~ 岩瀬 仁紀

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13 岩瀬 仁紀  投手
98年ドラフト2位 36歳

・イワーク
・ドラゴンズ不動のストッパー
・ドラフト前は打者としても評価が高かった
・初登板ではボコボコにされ1死も取れずに降板
・しかしその後は徐々に安定感を増し、この年は中継ぎながら10勝する
・以後、ドラゴンズの勝利の方程式の一角としてチームに貢献し続ける
・2004年の途中でクローザ―転向
・2005年には日本新記録のシーズン46セーブを達成
・2007年には通算500試合登板達成
・この年の日本シリーズでは山井との完全試合リレーを果たした
・2010年には通算600試合登板達成。さらに通算250セーブを達成し、名球界入りの資格を得た
・武器は鋭いカマのようなスライダー。かつてはその鋭い切れ味から「死神のカマ」と呼ばれていた
・球速は現在は140kmそこそこだがかつては150km近く出ていた
・炎上すると実況板にイワークスレが乱立する
・入団してから現在まで連続してシーズン50試合以上の登板を果たしている。驚異的な体の頑丈さである
・しかし2004年には風呂場で転んで骨折している
・2008年、北京五輪に日本代表として参戦するも、4敗中3敗を喫し、めでたくA級戦犯となった
・2005年から現在まで連続してシーズン30セーブを記録している
・基本的に3人で終わらずランナーを一人出す。いわゆる4凡である
・3人で終わった次の登板は5凡するなど帳尻合わせが得意である
・近年はイニングの途中から登場することが多い。徐々にではあるが確実に衰えている
・年俸4億3000万円は日本人投手最高額であった。(現在はダルビッシュの5億)
・屈強な銭闘員揃いの中日において、年俸でもめることが少ない
・マウンドから降りるとオーラが消える。大エース様のマネージャーと間違えられたことも
・全盛期の面影はもうない。しかし、まだまだ輝いていることに変わりはない。前人未到の300Sまであと24Sである

~選手名鑑~ 清水 昭信

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12 清水 昭信  投手
06年大社ドラフト6位 27歳

・通称あきのぶ。源さん
・後者の由来はパチンコの「大工の源さん」に似ているかららしい
・高校卒業後、渡米して大リーグの入団テストを受けたり、就職後、野球やりたさで名城大学を受験し合格するなどなかなかの苦労人
・入団後しばらくは目が出なかったものの、08年のシーズン終盤に初先発初勝利。才能の片鱗を見せる
・その後日を置かずして今度は完投勝利。中日ファンのボルテージを高まらせる
・この年のオフに背番号を64から12に変更。前任者が前任者だけに不安を抱いたコアな中日ファンも多かった
・中継ぎに転向して迎えた2009年は開幕一軍を果たすものの、制球が定まらずすぐに二軍落ち
・二軍ではドッジボーラーに転向したのではないかと思うくらい死球を当てまくった
・その後メンタルをやられてボールを握れない日々が続く。呪いじゃ、ゴムの呪いじゃ
・背水の気分で臨んだ2010年は、主にビハインドでのイニングイーターとして活躍
・防御率は決して良くなかったものの、44試合に登板しチームの日本一に貢献した
・もともと先発タイプのため、2イニング、時には3イニングのロングリリーフもこなす。他の中継ぎの疲労分散にすごく役立つ
・最高球速は150km近く出る。それを生かす落差のあるフォークも武器である
・2010年の敗戦は1だが、奇しくも自分はその試合を現地観戦していた。小笠原に看板近くまで運ばれてた
・一時はどうなる事かと思ったが復活して一安心。ワンポイントから先発まで、幅広く使えるこのタイプの投手はチームになくてはならない存在。来年も期待しています
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